Never Can Say Goodbye

さよならなんて云えないよ

 

「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、”左へカーブを曲がると光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を努めて気が狂わない人間が!まともな人ならとっくにノイローゼになってるよ。タモリが気が狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分にはあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる? マイルスに憧れてトランペッターを目指すも先輩から『おまえのラッパは笑っている』と言われて断念して、オフコースが大嫌いで、サザンやミスチルや、時には海外の大物アーティストが目の前で歌い終えても、お仕事お仕事って顔しているあの男が、そこまで絶賛したアーティストが他にいて? いるんなら教えてちょうだい。さあさあさあ」

 ウメ吉が舌打ちする。タモリが言うんならしょうがねえかといった表情だ。

「あれはどういう意味だ。”嫌になるほど続く教会通りの坂下りて行く”ってのは」

 豆腐屋の謙吾が訊ねた。こいつは「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬことは可能か」を確かめるため、豆腐屋になった変わり者だ。

「”教会通りの坂”は神に定められた私たちの人生のこと。それが”嫌になるほど続く”と思っていた歌の中の主人公が、”左へカーブを曲がると、光る海”、つまり、産み。生を肯定して、”この瞬間は続くと、いつまでも”って自己回復していくの」

 

樋口毅宏 「さらば雑司が谷」より

 

さらば雑司ヶ谷 (新潮文庫)

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